喪失体験 大切な何かを失ったあなたへ
ここへ訪れてくださったあなたは、何を失った痛みとともに、今ここにいますか?
・愛する人を失った・喪った
・自分に強い影響を与える人を失った・喪った
・家族の一員だったペットが他界した
・叶えたかった夢や理想の在り方をあきらめた
・馴れ親しんだ場所を離れなければならなくなった
・長きに渡って築き上げた立場、人間関係が変化してしまった
他にも大切な何かを失った方がいらっしゃるでしょう。人は生きていく中で、大切にしていた何かを失い、身をもがれるような痛みとともに、悲嘆の底にうずくまり、立ちすくみ、前に進めない。そんな喪失体験をすることがあるでしょう。大切な何かを手放す経験のないまま、この長い人生を生き切れる人はほとんどいないのではないでしょうか。
喪失には小さいものから大きなものまで。ライフステージの変化において誰もが経験するものから予想だにしないものまで。突然に起こるものからゆっくりと時間をかけて失うもの、目に見えるものから見えないものまで*5、その時その喪失に本人が気づいていなかったり、自分の意志で手放した時でさえも、喪失には痛みが伴います。喪失体験は実に多種多様であり、それぞれの痛みとストレスが伴います。
ここで、3人の学者による悲嘆のプロセスを紹介したいと思います。何かを失った後にわたしたちが経験するであろう悲嘆のプロセス。彼らが、今のあなたの痛み、心の状態は「当然のことだよ」と言ってくれているようにわたしには聞こえます。心理学用語でいう「一般化」です。
彼らが示してくれたことによって、今、自分に起こっていることを客観的に知る機会になります。今、起こっていること、今後どんなプロセスが自分を待っているのか。それらを論理的に頭で理解することによって、心を圧倒している感情がほんの少し扱いやすくなるように感じられる方もいるでしょう。(そんなあなたは思考することに強みがある人たちです。そんなご自身の強み・特徴を心にとめておくことはいずれあなたの役に立つでしょう)
下にご紹介するのは悲嘆のプロセスです。
あなたは今、喪失体験のどのプロセスいますか?今の自分の状態を、少しだけ離れたところから観察してみましょう。
■アルフォンス・デーケン氏 悲嘆のプロセス12段階*1
1)精神的打撃と麻痺状態
2)否認
3)パニック
4)怒りと不当感
5)敵意と恨み
6)罪悪感
7)空想、幻想
8)孤独感、抑うつ
9)精神的混乱と無関心
10)あきらめ、受容
11)新しい希望、ユーモアと笑いの再発見
12)立ち直りの段階・新しいアイデンティティの誕生
■キューブラ・ロス氏 死の受容プロセス(1969)*2
1)否認と隔離(事実として受け入れられない)
2)怒り(なぜ自分だけが、といった怒り)
3)取引(神仏へ祈る)
4)抑うつ(無力感、抑うつ状態、絶望的な悲しみ)
5)受容(静かな境地)
■ボウルビィ氏 悲嘆のプロセス4段階(1961)*3
1)無感覚の段階
2)否認
3)絶望・失意
4)離脱・再建
悲嘆のプロセスとは、喪失体験をした後、これらいくつかの状態をたどり、喪失した事実を受け入れて、ふたたび前に進めるような心持になるまでのプロセスです。この3人による悲嘆のプロセス、いくつに区分するのか、どう名付けるのかに若干の違いがあるようです。
3人の悲嘆のプロセスにおいて、3人に共通しているものは「否認」
2人に共通しているものは「怒り」「抑うつ」「受容」「痲痺・無感覚」「再建・立ち直り」
最初はそれを失なったことを受け入れられない「否認」の時期があり、喪失した事実は「抑うつ」状態をひき起し、失う前にもっとできることがあったのではないかと「悔やみ」、かつてあったものがここにないことを「哀しみ」、なぜよりにもよって自分がこんな目に合わなければいけないのかと「怒る」。このように多様な感情の変化を時間をかけて体験していくもののようです。
また、これらの悲嘆のプロセスはこの順通りではない場合や一度経たプロセスを繰り返すこともあります。
これらの悲嘆のプロセスを経る中で、今はここにいない大切なものとの出逢いに何らかの意味を見出したり、その人が気が付かせてくれたことを自分の中に取り込んだり、出会いに感謝する気持ちが湧いたり、とたくさんの感情を味わうことになるでしょう。
■グリーフワーク・グリーフケア
喪失体験へのケアは、心理学の世界ではグリーフワークと呼ばれています。わたしとのカウンセリングの中では、過去の出来事を言葉にして語ること、絵を描いたり、色やイメージ、身体感覚を用いて、そのものを失った痛みや悲しみといった感情たちに触れたり、時にお別れの儀式(ritual)をして昇華させることもあります。
■伝統行事・法事にみるグリーフケア
日本における伝統的な法要である、初七日、四十九日、三回忌といったものはまさにその役割を果たしていると言えそうです。「法事は生きている人たちのためのもの」法要でそういう話をされた僧侶がいました。昨今では簡略化されることが多いですが、その儀式、Ritualはグリーフワークのプロセスに沿っており、わたしたちが緩やかに大切な人を失ったことを受容できるよう、その人がいない世界を生きていけるようになるプロセスを、何度も何度も段階的に手助けしてくれている伝統的な知恵であると言えるでしょう。
■子どもの喪失体験とグリーフケア
子どもが健やかに育っていくために必要なものが与えられない環境で育った場合。例えば、十分に子どもらしく遊べなかった、安心して過ごせなかった。虐待を受けていた。それらは目に見えない喪失体験と言えるでしょう*5。大人になって気づいてから癒しを始めることになるでしょう。今もあなたのなかにいる、子どもの頃の小さなあなたが抱える傷をいやしていくグリーフワークをしていく必要があるでしょう。時はかかるかもしれませんが、ひとつひとつ丁寧に感情に触れて表現してあげることで感情は癒され、薄く淡くなっていきます。その出来事を超えてきた自分を褒めてあげられるようになって、その出来事は過去のものになっていく、収まっていく。そのプロセスは、今の暮らしになんらかの変化を起こしうるでしょう。
喪失体験に伴う痛みや悲しみを伴う多様で濃厚な感情を涙とともに味わいつくすプロセスは、一人一人それぞれのリズムや速度、タイミングがあり、然るべき時間がかかるでしょう。そのプロセスの中で、心の痛みがだんだんとゆるやかになっていくことでしょう。
■喪失体験からの回復とはどんな状態でしょうか
喪失体験からの回復とは、どんなプロセスをいうのでしょうか。またどんな状態を回復というのでしょうか。
もうここにはないもの。でもそれは本当にここにはないのでしょうか。
ここにいるあなたはそのものと過ごした時間のなかで受け取ったものを、そのものとの出会いの意味をすでにあなたの奥深くに取り込んでいて、共に生きている。人は誰かから受け取ったもので自分を作っていたりするのではないでしょうか。
自分の中にそのものとの出会いを、その存在そのものを取り込んでいくように、別れを不在を昇華/消化しながら、新たなバランスを取り直すこと、新たな自分を作り出すこと、喪失という大きな変化の後の壮大なバランスの再調整なのではないか、とわたしは考えています。
それをあなたの一部として引き連れた新しいあなたがふたたび前を向いて、ゆっくりと今を歩きだせるようになる。それが喪失体験を乗り越える、グリーフワークの結果たどりつく状態、回復なのではないでしょうか。
「一度出会ったものとは、本当の意味で別れることはできない。そのものを自分の中に取り込んで、その先も連れて生きていくのだから」わたしはそう感じています。
■喪失に気が付かないケース
カウンセリングの現場では、ご本人が喪失したこと、そのものに気が付いていないという状態に出会うことがしばしばあります。抑うつや怒りといった感情の起伏にご本人がくたびれており、周りの人に当たってしまう自分を責めている、そういった表出の根っこに、何か大切なものを失った悲しみが横たわっていることがあります。それに気づくことで、プロセスが進んでいくことがあります。
■恐怖が伴う喪失体験、あまりに突然の予期せぬ出来事による喪失
自然災害や事故にあった場合、まずは災害そのものへの恐怖や脅威の感情が緩和される必要があります。それが落ち着いた後、悲嘆のプロセスがはじまり、進んでいくと言われています*4。また、犯罪に巻き込まれたり自死といった突然の予期しない形で大切な人を失った場合は、複雑性悲嘆と呼ばれ、故人への葛藤した感情を丁寧に扱って整理したうえで、愛着対象としての故人との思い出を自分の中に取り入れていくようなプロセスが加わるといわれています*6。
■喪失体験が重なった場合。複合的な事象の中の悲嘆
この度の喪失体験より以前に、感情的に引き受けきれないような深刻な出来事を経験していたり、同時期に複数の喪失体験をした方、幼少期の愛着形成に課題があるなどの場合は、より複雑で深刻な悲嘆のプロセスを経る可能性があるようです。
■時間をかけて、無理のないペースで、あなたのいろんな感情に触れてあげる
あなたは身近な人たちに、大切な人をなくした悲しみを伝えることができていますか?あなたの複雑で多様な感情を受け止めてくれる人はあなたの周りにいますか?
あなた自身はあなたの感情を受け止めて、触れてあげられていますか?
気持ちがあなたを圧倒してくる時もあるでしょう。言葉にならない気持ちはひとりで抱えるには大きすぎる。そんな時は連絡ください。隣であなたの気持ちに一緒に触れることで、何かお手伝いができるかもしれません。いつでもご連絡ください。
今日は選択日和 いのうえ
*1 Alfons, D
*2 Kübler-Ross(1969)
*3 Bowlby, J. (1961)
*4 白井(2011)
*5 水澤(2007)
*6 Prigerson, H.G (1995)
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