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生まれ育った家族でどんな役割を果たしていましたか?大人になって親しい人との間でその役割を再現していませんか?

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うちの家族はなんか変。家ではありのままの自分ではいられないあなたへ。

または。友だち・恋愛・職場での対人関係が、育った家族の問題によく似ていたり、同じような人間関係のトラブルを繰り返しているあなたへ。

ひとつ質問です。生まれ育った原家族で、あなたはどんな役割を果たしていましたか?あなたは家族の一員としてどんな立場にいましたか?思い出してみてください。

■家族の中に存在する役割・コミュニケーションの形・機能そして機能不全

例えば、ここに父​、母、娘、父方祖母、4人暮らしの家族があったとしましょう。あなたがこの世に誕生すると同時に、あなたは家族のひとりひとりに新たな役割を授けました。父、母、祖母。あなたが誕生したからこそ、彼らは父になり、母になることができました。

同時に、あなたはその家族に生まれたことで、娘、孫、一人っ子。そういった家族の中の役割を得ました。

家族の中でのあなたの役割を思い出してみてください。

本家の長男、障害がある姉を持った妹、末っ子。その役割にはどんなことを期待されていましたか?家族の中で果たすべき役割やタスク、立場があったのではないでしょうか。それはそれぞれの家族によって、全く違うことでしょう。


■家族の中での役割・コミュニケーションの形は家族ライフサイクルによって変化していく。

子どもだったあなたは、家族という場所で無意識に嗅ぎ取っていた役割がありましたか?それに伴う独特のコミュニケーションの形があったのではないでしょうか。思い出してみてください。

例えば、家族全員がそろう夕食の時間。食卓に流れる不穏な空気を換えようと、滑稽な「ピエロ」を進んで演じたかもしれません。そうすると場が和む。そんな気がして誰に頼まれるでもないのに自ら進んでやっていたり。
 

例えば、あなたが少女になった頃、あなたの両親の夫婦関係が悪化していたとして。ひとり娘であるあなたは、父と母の間を取り持とうと「世話人」としての役割を意識的または無意識的に買って出たことでしょう。
 

母が同居する祖母との嫁姑関係に悩んでいた時には「理解者」となって母の気持ちを汲み、慰めたことでしょう。母に代わって「代理人」として祖母の愚痴を聞き、相手をしてあげたこともあったでしょう。

ライフサイクルが変化していく中で、役割も変化していきます。青年期になったあなたは、かつての母の夢を実現することを母から望まれ「再現者」としての役割に没頭したかもしれません。*4

または、一人っ子や長男長女は「後継者」として父と同じ専門職を志すこと以外許されなかったかもしれません。​

このような親が自分と子どもは別人格であるという視点を欠いた関わり・状態の中では子どもの尊厳が軽んじられ、教育虐待が起こる場合もあるでしょう。

■機能不全家族の中で強いられる役割は家族システムの維持のため 個人< 家族 

こんなことを話してくれたクライエントさんがいました。「わたしの父と母は本当に仲が悪かった。両親はわたしをターゲットにして、わたしを馬鹿にしたり、からかったり、わたしを攻撃している時だけ、二人は意見が一致した。その時だけ、仲がよさそうに見えた」

この方は機能不全家族の中で「スケープゴート」にされつづけてきたと言えるでしょう。

このように、家族システムを維持するために、不健全な力動によってでしか、一緒にいられない家族がいます。「機能不全家族」と呼ばれています。

その犠牲になる役割を果たし続けることを強いられ、そこから逃れられなかった、そんな苦しい原家族での経験をお持ちの方も、ここには多いことでしょう。家族という閉じた世界の中で、望まない役割、不愉快なコミュニケーションの形から逃れられない苦しみは計り知れません。それは心に深い深い傷を残します。

これらは、すべて、家族の中での子どもが果たす役割です。本人が望もうが望むまいが。そこには意志は必要ありません。子どもが生き延びるにはその役割を果たす以外に他に選択肢があるでしょうか。

■家族の中で語られない秘密は存在感を増し、家族に影響を与え、子どもはそれを嗅ぎ取ります

​例えば、あなたが生まれる前に、死産した兄がいたとしましょう。あなたの両親はその死にまつわる何かを悔やんでいらした。ご両親は兄について話題にすることをタブーとし、その気持ちに触れることを避けていたとします。ですが、そのことが直接あなたに語られないとしても、両親から発せられる兄への懺悔の思いは暮らしの端端に漂います。そこには語られないという「不在」が強烈に存在し、その場に影響を与えます。あなたは兄への期待を代理で背負ったり、長男としての役割を無意識に引き継いでしまうこともあります。*3 

「語らないこと」や「気持ちに触れないこと」によって「ないこと」にはできないのです。ご自身の代で扱わないことは、家族という場に意図しない形で現れたり、次世代へと引き継がれたりします。

家族の中にいる「傷を負った大人」を「子どもがかばう」

子どもは、夫婦の間で完結できない問題に、巻き込まれて、必死に家族システムの維持のために、無意識で自己犠牲しながら、必死になんらかの役割を果たしてしまうことがあります。

元気真っ盛りなはずの年齢のお子さんが無気力。お母さんは心配で心配で、子どもをいろいろな病院に連れて行ったそうです。脳波、CTの結果も問題なし。あらゆる身体性疾患が除外されました。学校や地域の人間関係にも問題はありません。途方に暮れたお母さんがご相談にいらっしゃいました。「娘の件で相談」とあくまでもIP(Identified Patient)は娘さんという形でした。

「家族の中で「死にたい」と強く思っている人はいませんか?」そう問うと、お母さんは驚いた表情をされました。「わたしはずっとそう思って生きてきた。そのことは誰にも話したことはない。言葉にしたこともない」そうお母さんはおっしゃいました。「お母さん自身がそのことに向き合うことで、娘さんに何か変化が起こるかもしれません」そうお話したことがありました。

このお子さんは無意識でお母さんを守ろうとしている。身代わり「代理人」になってお母さんの苦しみを引き受けようとしているのでしょう*3。子どもとはこんなにも親のために生きる生き物なのです。言葉では語られないけれども確実に存在するなにかを嗅ぎ取り、内側に吸い込むことがあるのです。

毒親育ち

​あなたは自分をそうとらえているかもしれません。毒親育ちは成長してから「一人の人間として存在していることへの自信が傷つけられていて、自己破壊的な傾向を示す」とスーザン・フォワードは著書「毒になる親」の巻頭で説明しています*1。あなたが子どものころ、無意識に家族の力動に巻き込まれ、家族の関係維持のために、自己犠牲を払いながらそこでサバイブしていたのでしょう。その役割を果たす過程で経験した自己認識を自己像として取り込んでしまうことがあります。そして、その対人関係のパターンを自分のスタンダードとして取り込んでしまうことがあります。

共依存:

長い間、自分のことよりも、周囲の人たちの意向を汲み取り、子どもが抱えきれる以上の責任をも引き受けて、家族のために行動することが染みついている。相手からの評価や感謝を手に入れることでかろうじてそこにいられるため必死になっている状態。つまり他者との関係に依存していて自分が後回しの状態、自分の気持ちやニーズに気づけなくなっている状態を言います。こういった場合、他者との関係性よりも自分のことを優先させることに罪悪感が伴ったりします。
 

家族の中の関係性は、外の人間関係に影響を与える 

わたしたちは家族の中でのみ生きているわけではありません。「家の外での関係や立場」があります。例えば、子どもは学校、習い事といった地域社会でも生きています。大人は職場での役職や居住区で立場があり、日々問題や課題が現れ、克服したりこじらせながら、他者との関係性を生きています。

そして、夜にはみんな家に帰ってくる。家の外で抱えてきた課題やすっきりしないままの感情を、家に持ち帰る日もあるでしょう。そういった家族の一員が抱える外の問題にも、家族システムは日々影響を受けています。親の機嫌に敏感だったあなたは経験からこのことを知っているでしょう。

■学校で起こるいじめの原因が家族の中にある?

同時に、家族の中でのストレスが、外での人間関係や立場にも影響を与えています。例えば、家族からストレスのはけ口にされている子どもがいたとしましょう。その子は学校で弱い者をいじめることで、親から与えられたストレスや親への怒りを無意識で発散させるでしょう。その裏では、学校での弱い立場の子に、家での自分の弱い立場を重ねて嫌うという力動が働いているかもしれません。同じ条件下でも、家の中での立場と同じく、友だちに虐げられる立場を自ら無意識で選んでしまう子もいるでしょう。

家族と学校の両方でいじめられ、居場所がなくて孤独で震えている子どもの苦しさ、絶望感がどれだけ深い傷を残すのか。それは筆舌に尽くしがたい痛みでしょう。
 

■人は、個人でありながら家族システムをひきずって生きる存在

「あなたはどうしたって、家族というシステムから影響をうけた個人であり、家族に影響を与える存在である」ここまでお読みいただいて伝わったでしょうか。家の中と外のいろいろな関係性、居場所、システムの中で生きており、それぞれの場所で役割を持っています。それらは影響を与え合い、その複数のシステムの中で自分のバランスを取って生きのびるようです。

大人になり、どれだけの地理的空間的距離で実家から離れても、経済的自立を果たしても、ここにいない原家族の影響に苦しむあなたにはそのことが痛いくらい体感されていることでしょう。そして、それが暮らしの中で、学校や職場や恋人との人間関係の中に立ち現れてしまう。

大人になってから親しい誰かとの間で、原家族の中にあった関係性を再現していたりしませんか?

原家族の中の誰かがあなたにしてくる関わりと同じやり方をする人ばかりを選んでいませんか?

自分の気持ちよりも他者の気持ちを汲んで動き、評価を得ることに依存していたりしませんか?

​親しい対人関係や職場といった日々接する人たちとの関係におけるあなたのつまづきを家族システムの視点からとらえてみることは、あなたに新たな気づきをもたらすかもしれません。​「関係性から紐解く心理士」はこういった視点で、ゆっくりお話しをお聞かせていただきます。

ひとりで抱えるには苦しみが大きすぎる。そんな時はご連絡ください。隣であなたの気持ちに一緒に触れることで、何かお手伝いできることがあるかもしれません。

今日は選択日和 いのうえ 

家族ライフサイクルが変わる時。家族の形・役割が変わる時。

表ライフサイクル

■個の人生は生物学的変化と社会的変化の連続

人には、実にいろんな変化が訪れるようです。ひとつは、人は誕生し、成長し、思春を迎え、パートナーを得て、子どもを設け、老いていく。心身ともに多様な変化を遂げる生物学的変化*7です。

もうひとつは、人の人生には、節目と呼ばれるような変化、就学し、就職し、結婚し、離婚し、退職するといった社会的変化*7があります。

家族の中には、家族構成員の数だけの変化に満ちています。これらの個の変化はその家族全体に影響を与えるでしょう。変化に対応するために、家族の形、家族の中の役割、家族中の特定の誰かにも何らかの影響を与えることでしょう。


同時に家族の中にいる「家族の一員」は家族から多かれ少なかれ影響を受けて暮らしています。それにより、力関係や負担の割合を変えたりしながら、家族というシステムを構成しているのです。

■​「家族」はひとつのまとまり・ひとつのシステムとして機能する

「家族」をひとつのまとまり、ひとつの有機体、機能するひとつのシステムとしてとらえる考え方があります。家族システム論といいます。ライフサイクルの移行に伴ういくつもの変化に適応するために、家族というシステムは、時に柔軟に時に痛みや葛藤と共に、形を変え続けている有機体のようなものです。

■家族に起こる出来事・ストレスの度合い

家族にはいったいどんな変化が起こるのでしょうか。ここにひとつの表をご紹介します。*2 この表には、ライフサイクルにおける出来事出来事に伴うストレスの度合いが示されています。何年も前に作成されたものですが、一つの目安にはなるので、この表をもとに話を進めていきましょう。この表からいくつか取り上げてみましょう。

■ライフサイクルの変化とストレス

今、あなたがぶつかっている困難は、家族のライフサイクルで起こる変化に関係しているでしょうか。

The Holmes-Rahe Life Stress Inventory in JP
不倫とは①

​・結婚する (ストレス度50)

子供が増える (ストレス度39)

・息子や娘が家を巣立つ (ストレス度29)

・義母の介護が始まる→家族の一員の健康上の変化(ストレス度44)

・夫/妻が不倫をした

  →婚姻上の和解(ストレス度45)

  →配偶者との口論の増加(ストレス度35)

  →配偶者との離別(ストレス度65)

  →性的な障害(ストレス度39)

転勤する

  →学校・住居の変化(ストレス度20)

  →職場での責任変化(ストレス度29)

  →生活条件の変化(ストレス度25)

・夫が仕事をやめる、妻が仕事を再開する(ストレス度26)→経済状態の変化(ストレス度38)

この表で興味深いのは「子どもが増える・巣立つ」というような、一般的には「おめでたい」出来事であったとしても、家族には大きなストレス・負荷がかかるということです。
 

■第二子誕生に一切の協力をしなかった夫

おめでたいことでありながらも、ライフサイクルの中で負担が大きく、夫婦関係の溝が表面化しやすいタイミングが第二子出産であることは意外と知られていないかもしれません。第一子妊娠・出産・育児を一通り経験している経産婦ゆえ、周りからのサポート、夫からの協力が薄くなりがちです。しかし、第二子妊娠は、妊婦にとっては第一子の時以上に行動に自由が利かないもの。妊婦が心理的・身体的負担を一人で背負うことになりがちです。

第二子妊婦のケアに注力している産婦人科も存在しています。妊婦への質問に盛り込み、不安を払しょくできるように、居住区の行政の具体的なサービスを紹介する指導を提供している産婦人科があります。また、第二子出産の方へ準備プログラムとして、第一子の気持ちの汲み方、そのうえでの第一子と共に行う第二子への関わり方、夫に具体的なサポートの要請の仕方といったプログラムが研究されています*10。

こんな話をされた方がいました。「第二子の妊娠・出産・育児はわたし一人の戦いだった。育休の間、上の子を見ながら乳児を育てた。何日も髪の毛を洗えなかった。夫は育児休暇どころか仕事中心の暮らしを一切変えなかった」恨み節ともとれるお話は離婚を考えだしたきっかけとして語られました。

■個の生物学的変化は、成長のみならず老いも家族に影響を与えます

人の一生は生物学的変化*7の連続です。誕生し、乳幼児期・学童期・思春期・青年期・壮年期と、右肩上がりの成長サイクルにとどまらず、そこから加齢を経て、ゆるやかに衰弱していく高齢期へと続きます。個である家族の一員が誕生・成長のみならず、老いる過程で多様な変化を遂げていくのに呼応して、家族の形も変化を遂げていきます。

同様に、老いた人を抱える家族にも新たな役割が求められます。「介助者」がそうでしょうか。そして家族の形に変化がもたらされます。超高齢化社会を生きるわたしたち。ここに焦点を当ててみましょう。

■介護によって、距離を取っていた実家に再び引き戻される

生まれ育った家族という場所が居心地悪かった。そして実家から距離を取り続けてきた。そんな方もいらっしゃるでしょう。早々に実家から巣立ち、親の手を借りずに生きてきた。結婚し、出産し、親の手を借りずに育てて、何とか自分たち夫婦でやっていこうと頑張ってきた。親とはできるだけ関わらずに生きていきたい。そんな気持ちで過ごしてきた方が、親の病気、高齢、つまり介護を機に原家族に引き戻される場面で、バランスを崩す方が多くいらっしゃいます。親と会ってきた後は調子が崩れる、子どもへの関わりがきつくなってしまう、子ども時代されたことを思い出して気分が悪くなる。

 

介護という家族サイクルの出来事によって、今まで親と距離を取ることで保ってきたバランスが崩れて、ここまで手付かずできた親との問題が突き付けられ、直面化を強いられるという変化が突然起こるのです。親との関係を何とかしなければ、今の家族を子どもを守れない。そんなお問い合わせをいただき、幼少期の話を始めて、ずっと抱えてきた傷を癒すカウンセリングが始まることはよくあります。

■介護という家族ライフサイクルの変化

親、義親の老い・介護の始まりを前に働き盛りの世代は多様な反応を示すでしょう。息子夫婦と同居している場合は嫁が義両親の老いにまつわる変化に最初に気が付くかもしれません。息子夫婦の関係が良く、嫁の話を聞く耳を持つ夫であれば、老いた両親に注意を払う形で見守ることになったり、兄弟に知らせることで、老いた両親への注意は一層配られるでしょう。一方で、夫が嫁の気づきを軽視したり、両親の変化を受け入れたくない気持ちが勝る場合、大したことはないと聞き流す、話をはぐらかすなどまともな対話を持たないまま、介護に突入することがあるでしょう。

介護という家族ライフサイクルの大きな変化をまるで大したことでないかのように、家族のひとりだけが老いた親をサポートする役割と伴う負担を引き受け、他の家族は協力せず家族の一大事を乗り切ろうとする。そんな古典的で緻密さのないやり方を選ぶ家族では、いったい何が起こっているのでしょうか。
 

■ライフサイクルの節目で表面化するもの 原家庭に横たわる価値観≠共働き世帯に役立つ価値観

第二子出産、介護の始まり。こういったライフサイクルの節目では、夫婦・家族間で行っていた今までの役割ややり方では乗り切れない。だからこそ、家族が大きな変化を迎える場面では、対話が必要となります。ですが、対話そのものを軽視し、行わなかった場合、双方お互いの奥深くに横たわっている価値観を当然のことのように相手に押し付けること乗り切ろうとする。価値観のずれが表面化してくる機会となることがあるでしょう。

ひと世代前の親たちの世代の女性の生き方と、今わたしたちの世代の女性の生き方はには世代間ギャップ、相違が多いでしょう。性的役割分業は、親の世代では多数の世帯で今も行われていますが、1995年以降、専業主婦世帯と共働き世帯が逆転し、今のは共働き世代が75%という時代、仕事を持っている女性の方がずっと多い時代です*11。夫婦共働きがスタンダードなこの時代に起こる家族の諸問題・課題を退所していくのに、ひと世代前の価値観を用いては家族は回していけないでしょう。無理のある形は続かないし、いずれ、何らかの形で表面化してくるでしょう。

 

家族外の人を巻き込んで家族を維持する 家族システムの視点から見る不倫

昨今、巷で話題にあがる「不倫」という関係性を、家族システムの視点で紐解いてみましょう。夫婦の間で意見や価値観の違いが起こった時、夫婦二人で話し合い、改善策を探して変化する、このテーマでは着地や合意は見られないと認めて適切な距離をとる、など、同じ屋根の下でほどほどに快適に過ごし続けられるように、調整し続ける夫婦がいるでしょう。健全な夫婦と言えるでしょう。


一方で、幼い子どもがこの夫婦の間に入って懸命に「子は鎹(かすがい)」の役割を果たしていた間は、夫婦関係の悪化が表面化することがなかった夫婦がいたとしましょう。子どもの成長に伴って家族の形は変化し、夫婦の間で起こるけんかやストレスが表面化し始めた。今までこの夫婦は二人の間で感じる違和感やズレに向き合う機会を持ってこなかった、それらに対処する関係を築く機会がなかった二人が、ここでも向き合うことを避け、違和感や問題をないものとして日常を進めていくことを選んだとしたら。痛みの伴う夫婦関係から注意をそらし、家族の外に目が向くのは自然なことかもしれません。

■核家族世帯が増えたことは不倫の増加に影響を与えている?

もし、この家族が夫婦単位による「核家族」ではなく、ひと昔前のような「大家族・複合家族」という家族形態だったとしましょう。核家族に加えて、祖父母、叔父、叔母、甥や姪といった複数の家族・個によって構成される拡大家族システムには、核家族よりもはるかに多くの複線的な関係性、コミュニケーションの形、役割、立場が発生することが想像できるでしょう。かつての日本では夫婦は懐の深い複合的な家族システムによって支えられていたのかもしれません。核家族という家族の形は、その失った支えの代用として、家族外の誰かを巻き込む不倫という関係性に頼ってしまう一因かもしれません。

不倫とは、夫婦・家族の中で生きづらさがあるにも関わらず、見直し修正することをせずに、何も起こっていないかのようにやり過ごした結果、バランスを失った夫か妻が、家族の外の第三者を巻き込む形で気持ちの安定を求めた形と言えるかもしれません。

家族の形を見直し再調整することによって家族ライフサイクルのシフトを変化を起こせなかった家族システム。それを不倫関係が外から支えて維持に貢献した。すでに家族は機能不全を起こしていて、破綻していたことが不倫が明るみになることで表面化しただけなのかもしれません。離婚裁判の判決においても不倫関係を責める有責主義から、夫婦関係がすでに破綻していたとする破綻主義へとシフトしていることが25年も前の論文で指摘されています*6。

■変化には膨大なエネルギーを要します

家族の形を変化させるという主体的な選択を邪魔したのは何だったでしょうか。こうあるべきだという家族神話・役割像への囚われか*13、実際の幸せよりも時代の理想的な家族モデルを追った結果なのか、変化に対する恐れなのか。生きづらさに気づく邪魔をしたものは何か、それは家族それぞれでしょう。

■日本企業に多い転勤。子どもの気持ちを問える親子関係かどうか

「あなたはどうしたいの?」「あなたはどう思うの?」子どもの頃、親に気持ちを問われたことがないとおっしゃる方がかなり多いのをカウンセリングの現場で実感します。

子どもを含む家族全員が変化を引き受けるような場面として、父親が日本の伝統的な企業戦士であった場合、会社の辞令ひとつで転居が伴う異動があり得ます。そこには選択の余地はないのかもしれません。そして大人と子どもは対等ではありえません。お金を稼ぎ、養うのが親です。親子の関係性は常に不平等が前提です。ほとんどのことが親夫婦間で決定されることでしょう。ですが、家族における親子の対話は、役割は違いながらも、その存在価値に対等性を見出せれば、発生しうるものです。結果に影響を与える可能性がない、気持ちを汲むだけの対話は忙しい現代家族では省略されてしまうのでしょうか。家族のなかで、存在の対等性を尊重しあえた場合、親は家族みんなに状況を伝え、変化を伝え、気持ちを問う。その気持ちを汲めなくても、気持ちに寄り添うこと、同時に家族全員がそれぞれに味わっているであろう、変化に伴う感情を分かち合うことで救われる気持ちがあるのではないでしょうか。

■変化は喪失体験そのものである

家族ライフサイクルの変化において、家族全員が味わっている感情とはいったい何でしょうか。家族の形を変化させることには、家族構成員全員が時間・気持ち・エネルギーすべてにおいて質的・量的変化伴います。それは一つの慣れ親しんだ形・やり方の喪失体験であるという視点です。喪失体験には壮大な痛みや恐れ、悲しみ、いくつもの感情の変化が伴います。そのプロセスをしっかりと気持ちに触れながら過ごせる大人も多くはありません。ましてや、子どもは抱えている膨大なストレスが伴う感情に名前を付けることができません。何が起こっているのかわからない。親が子どもの気持ちを問うことをしなければ、その痛みは子どもには気づかれない。子どもは無意識にそのストレスを何らかの形でどこかに向けることになるでしょう。

■ライフサイクルの節目で、家族・親子という対等ではない関係性の中で対話ができるかどうか
家族全員がそれぞれの形で協力したり、相互作用的に助けを求めあいながら、サポートしあいながら、柔軟に健やかに、変化を重ねて状況に適応していくことができる家族があります。そういった家族の中で起こっていることは対話でしょうか。

オープンダイアローグというフィンランド発の対話の手法が、服薬が前提だった統合失調症含めた精神疾患に有効であると、心理領域ではここ数年注目を浴びています。そのなかでこんな記述がありました。「対話というのは、誰かの発言ばかりが重きを置かれたり、そこにいる人間が互いに有能さを競ったり、マウンティングや上下の位置づけにばかり意識がいく会話はみなの意向が汲み取られた解決策への道筋の妨げになるでしょう*12」と。立場は対等ではない、養う、養われるの親子という関係性のなかで対話をすることは、難しい挑戦だと言えるでしょう。意識的に、親が親子それぞれの立場における存在の対等性に焦点をあてる力量が必要だと言えるでしょう。

健全な家族の変化のヒント「自立とは社会の中に依存先を増やすこと

家族サイクルの変化に対応するために、家族での対話を通して、家族全員がいままでの当たり前なやり方を見直すこと、一時的な暮らしの縮小化を図ったり、親族にサポートを求めることを検討することが必要となるでしょう。また地域や行政の手を借りることにも健やかです。「自立とは社会の中に依存先を増やすこと」*5。いくつものサポートを受け取れる姿勢が自立である、ということでしょう。それを恥だと思うような家族神話よりも、今の家族ひとりひとりを優先させて、健全に家族の変化を起こせます。話し合いにおけるストレスや落としどころが見つからない痛みを抱えながらも、家族で話し合い、今の家族のメンバーにあった新たなバランスを取り直していく。その繰り返しのなかで、家族は育っていくのかもしれません。家族ライフサイクルの節目は、わたしたちひとりひとりの力が試される時だと言えるでしょう。

■ぶっつけ本番。変化し続ける家族という挑戦

それにしても家族サイクルとは、こんなにも多種多様な変化に満ちているものなんだ、と驚かされます。それらの出来事のたびに、わたしたちは当然ストレスを感じ、悪戦苦闘することでしょう。

「ああ、あの出来事は本当に大変だったわ」ある項目をみながら過去を振り返る方もいらっしゃるでしょう。「ああ、この先が思いやられちゃう」そんな心配をされる方もいるでしょうか。

こんな変化が待ち受けているにもかかわらず、わたしたちは、こういった、ライフサイクルにおける変化に、どう対処していくのかを教わる機会を持たないままに、果敢に挑んでいくのです。身をもって経験しながら、傷を負いながら学習していくのです。ある意味、勇者と言えるでしょう。

■わたしが呼ぶ「家族」とは「あなたが思い浮かべる家族」「いろんな形の家族」

最後になってしまいましたが、お伝えしておきたいことがあります。わたしが「家族」と呼ぶ時、これを読んでくださっているあなたが思い出す「あなたの家族」を指しています。いろんな形のある、それぞれの家族の形を尊重したい、そう思っています。

もう少し詳しく言うならば、法的な婚姻関係を結んでいるか、事実婚を選んでいるか。親子関係であれば、血縁があるかないか、夫婦であれば同性同士であるか、異性間であるか。ここではどれも「家族」です。区別はしません。

「あなたの家族」を思い浮かべていただきながら、お読みいただきたいと思います。いのうえの考える「かぞくの形」はこちら

■「永遠に変わらない」誓いから始まる結婚、「変わり続ける」家族の形 その矛盾

「家族の形はつねに変わり続けていくものである」と、家族のライフサイクルの視点からお話ししてきましたが「永遠に変わらない」愛の誓いで始まる「結婚」から家族を始めた方が多いのが実際のところではないでしょうか。

この「永遠に変わらない誓いで始まる結婚」と「変わり続ける家族」。まるで逆のベクトルにエネルギーを放っている二つの言葉に、わたしは不思議さと矛盾を感じてしまうのです。そういった疑問に向き合う結果、事実婚という形をとった方は多からずいらっしゃるでしょう。

そして、夫婦共に、育った家族の形が骨身にしみている。「結婚」「家族」という抽象的な単語が示すものをすり合わせていくことに膨大なエネルギーを要するでしょう。意志によって始まった「家族」は、その後ライフステージに伴って目まぐるしい変化を遂げていくのです。

 

家族において、永遠に変わらない唯一のことは「変わり続けるものである」この一点だけなのかもしれません。

家族の中では、変化と調整という壮大な挑戦が行われています。ライフサイクルの節目にひとり変化を引き受けようと苦しんでいたり、調整がうまくいかずにもがいたり。変化に協力的でないパートナーに苛立ったり、一筋縄ではいかないことも多いでしょう。

そんな時には、家族の外に軸足を置きながら、家族の中で起こっていることを見つめる新たな視点は有効かもしれません。「関係性から紐解く心理士」はこういった視点で、あなたのお話しをお聞かせていただきます。

ひとりでは抱えきれない苦しみ。誰かに話して、話す中で整理できていく気持ちがあるかもしれません。話したいな、そう思った時に、いつでもご連絡いただけたらと思います。お待ちしています。

今日は選択日和 いのうえ

*: Susan Forward(2001)毒になる親

*: The Holmes-Rahe Life Stress Inventory

*: Hellinger(1999) Familly Constellation

*: 高木&柏木(2000)

*: 熊谷(2016)

*: 野々山(1994)

*: 水島(2009)

*8: Ainsworth (1967, 1991)
*9: Bowlby(1973, 1980, 1982)
*9: Morris(1981)

*10: 磯山(2015)
*11: 厚生労働省専業主婦世帯と共働き世帯の推移

 https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11201000-Roudoukijunkyoku-Soumuka/0000118655.pdf

*12: Seikkula and Arnkil (2006)
*13:斎藤学(2008)
結婚
介護
第二子誕生
転勤

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