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毒親育ちのあなたへ
大人になった今も苦しんでいるあなたへ

■目指す状態:自分を取り戻し、自分と親の間に境界線(バウンダリー)をしっかりと引いた状態。
​毒親育ちのあなたへ。
・親との苦しい関係を変えたい・修復したい。
・大人になった今も、ここにいない親からの影響・支配を感じ、それから解放されたい。
​・ずっと距離を取ってきた親の介護を機に交流を始めたら、すっかり調子が崩れてしまった。
・自分はアダルトチルドレンだと思う。
機能不全家族で育って苦しかった。
今、どんな苦しさを抱えて暮らしていますか?
ひとつ、想像してみてください。「わたしはわたし、親は親
そんな線引きができる自分を想像できますか?
それを想像するとどんな感じがしますか?今より少し楽になる?
カウンセリングの時間をとおして、あなたと親の間にしっかりとしたバウンダリーを形成することを目指します。このバウンダリーが引ければ、親の言動にあなたが煩わされることがなくなります。
「自分と親の間のバウンダリー」とは何でしょうか。
その前に、あなたに馴染みがあるだろう「親と自分の間にバウンダリーがない状態」を思い浮かべてみましょう。あなたの家族のなかには、きっと「いつものパターン」があると思うのです。家族の誰かが起こす言動、感情にあなたが巻き込まれるパターンです。あなたはその存在に気づいてさえいないかもしれない。ましてや意識的に選択してそこにいるわけではない。ここにいもしない親にあなたが無意識に巻き込まれてる「いつものパターン」。
家族によってそれぞれだと思います。例えば・・・
・親はわたしを圧倒するような話し方をする。だからわたしは親の前でいつもおびえている。(大人になった今も親に似た話し方をする人の前では頭が真っ白になる)
 
・親はわたしの考えを否定して親の考えを押し付ける。だからわたしは本音を話さない。生きた屍のように家にいる。(自分の考えが浮かんだ時、驚く速さで自動的にそれを否定し打ち消す声が聞こえる)
・親はいつ爆発するかわからない。だからいつも注意深く観察するして、親に気を使っている。(周りの人の顔色ばかりを見て、心にもないことを話し、したくもないことをしている、自分の気持ちについて考えたこともない)
・親は泣き叫び、被害者のようにわたしを責める。まるでわたしが加害者みたいに全部がわたしのせいになる。だから何も考えず、親の望む反応をただ返している。(何か起こると自分が全部悪い。罪悪感が湧いて出る。)
・親はいつもわたしに無理難題を押し付ける。そして完璧でないとわたしを責める。わたしはそれに応えようと、先回りして必死に準備して指摘される前に済ます。それでも何かミスがありはしないかといつも不安だ。(職場では誰よりも完璧であることを自分に課し、自分を追い立てている。楽しんで何かをするということがすっかりできない人間になっている)
・あの家族の中ではまるでわたしが親みたい。いつも親の話を聞いて、親の気持ちをなぐさめてあげている。そして妹弟の面倒も見ている。(子ども時代のわたしは子どもでいられたなかった。今もわたしのなかに小さな子どもがさびしくて泣いているみたい感じる。似たようなかわいそうな人に手を貸すことをし続けている)
・あの家ではわたしはいつもおどけて無邪気なキャラクターを演じている。父も母も、兄姉もわたしを馬鹿にしている時だけ仲良くなれるみたい。わたしさえ我慢すればうまくいく。(今は職場でみんなの仕事を引き受けて、我慢している。そうしないと安心して職場にいられない。自己犠牲をして相手に尽くして自分を全部差し出してようやく人と一緒にいられる。いつも自分を貶めて笑いを取るような自虐的な発言をしてしまう。)
もし、これらの役割をあなたがしていたとしたら、あなたの育った家庭は機能不全家族と言えるでしょう。
あなたの家にはどんなパターンがありますか?家を出てからも同じような役割を引き受けていませんか?
ここでひとつ質問です。
「あなたはそれをしたくてしていますか?」
したいかしたくないか、そんなこと考えたことさえないのでは?そんなふうに想像します。
それが意味することは、これらはあなたの意志による行動ではないということです。
そこにある空気、関係性に身を置いた時、あなたの中から反射的に出てくる無意識的な反応(行動、ことば、無意識で引き受けてしまう役割、パターン)といえます。
​一方で、カウンセリングの時間をとおして獲得していきたい、あなたが目指す状態。あなたと親の間にしっかりとしたバウンダリーを形成した状態とはどんな状態でしょうか。
親を前にしたい時に出て来るいつもの反応、パターンにまずは気づけること
気づいたら、意思をもってその反応、パターンを自ら中断できる状態です。
それができれば、冷静さをもって、親の言動にどう対応するかを意思で決められる。自分が有している選択肢をひとつづつ比較検討し「自分にとって心地いい・無理のない言動」を選択して、すっと親に返すことができる状態のことです。
 「親が変わってくれなきゃ、無理です」
そんなみなさんの声が聞こえそうです。
ですが「親を変える必要はありません」と声を大きくしてお伝えします。
親との間の特定のパターンからあなたが離れるだけでいい。
巻き込まれようとしている瞬間に気が付いて、ただ離れるだけでいいのです。
親の望む反応を返してあげることをやめる。それを選べばいいのです。
しかし、いつものパターンが起こっているその瞬間にそれに気づくことは、簡単なことではありません。あなたこそがその難しさに気付いているのではないでしょうか。
一度、そのコツがつかめれば、びっくりするほど、親との間のパターン、親との関係が変わります。じっくりと自分の内側の状態と相手を観察するのです。相手と自分を観察できているその状態、感覚をつかんでいくこと、育てていくことになります。
■神経系は学習する。特定他者・親子の間のパターンを取り込む。
あなたと親の間で起こっていることを知っていただくために、ここからは少し難しくなりますが、反射の仕組み、つまりは、脳神経系の仕組みについてお話したいと思います。
生まれた時、赤ん坊のわたしたちは身体構造、感覚器官ともに未熟な状態で誕生します。それを「生理的早産」といいます。わたしたち人類は他のどの高等哺乳類よりも未完全な状態、養育者に100%依存しないと生き延びることができない状態で誕生します。それは人間の特徴です。
そんな状態でこの世界に産み落とされた赤ん坊にとって、特定の養育者(たいていは親)の存在がどれだけ絶対的な存在であるか。想像できますか?あなたの生死を握っている特別な存在なのです。そして誰もが養育者に育てられる中で、自分と親の間での間主観・相互主観、相互反応を通して、この世界と自分がどんなものであるか認識し、自分の内側に取り込んでいくプロセスを経て育っていきます。
ここで、親が子どもにどれだけの影響力を持つのかを想像するために、2種類の親を例にあげてみます。
■養育者が健やかであり、ほどよい場合
健やかな心を持った、ほどよい(good enough)親の場合、親は子どもの言動を前に子どもの好奇心を励ます支持的でほどよい反応や応答を与え続けます*8。その子らしい個性を喜び、伸ばそうと子どもに関わります。子どもは見守られ、くつろいだ中で安心して育ちます。こうした愛着経験を内在化させながら、あなたの自我や自己イメージが育っていくのです*8。
 時に、親は子に厳しく教え、しつけをすることがあります。例えば、道をよちよち歩くあなたが好奇心に任せて車に近づいていく時、親は「危ない!」と緊迫した声を出し、いつもとは違う荒々しい力強さであなたの体を車から引き離そうとするでしょう。車に近寄ることは危険であると真剣な強い口調で教え、親はあなたに何かを禁じ、または強いるでしょう。親が全身で危険を知らせる発信(表情、声色、身体の動き、言葉、話す内容 等)を、あなたは五感のすべてで受け取ります。実際に自分自身が体感した、目の前を通り過ぎた車のスピード、大きさに足が震えて、怯えた感覚と共に、あなたは全身で車は警戒すべきものであることを学習するのです。あなたの命を守るために役立つ危険を知らせてくれる感覚が育ちます。
 あなたは起こったことにただ驚きながら、保護を求めて親に近づくことでしょう。親はしっかりとあなたを抱きあげ、あなたは安心して泣き出すことでしょう。親はあなたが無事だったことを確認し喜びながら安堵するでしょう。あなたはそんな親の様子を五感で感じ取り、危険が去ったことを感じながら、親の腕の中でだんだんと安心を取り戻しながら、過ぎ去った恐ろしい体験と感情的な混乱から気持ちを落ち着けていくでしょう*7。そしてひとたび安心すれば、再び好奇心に従ってまた探索行動をはじめます。
 この一連の緊張と弛緩を通して、子どもは自分の身の安全を親が必死で守り、強く望んでいる親の態度を全身で知覚しながら、心に親という安全基地を徐々に内在化さながら成長していきます*8。心の安全基地は安全を得るために愛着対象である親に安心を求める愛着行動と、安心したら再び探索に出るという非愛着行動、その両方の基盤になります*8。
自分の命は大切に扱われ、守られる。自分にはその価値がある。そしてこの世の中には危険なものがあるけれども、助けを求めること、適切に距離を取ることや対処することで、安全は確保できることを学びます。自己認知と同時に他者と世界への認知が、知覚と感情という全チャネルを通しあなたの内側に組み込まれていくわけです。これはインナーワーキングモデル*9と呼ばれ、成人してからも親しい対人関係や相互作用に影響を与えるものです。
「世界はそれなりに安全だし、人は自分を受け入れてくれる、自分の命は大切に扱われる価値がある」という自己認知と世界観を、親との間主観を通した経験からあなたは五感すべてで学びます。
 あなたが今、この世の中を生きる時、あなたにまつわる自己認知、そしてあなたの前にいる他人やこの世界に対して抱く感覚は、このようにあなたと親の相互反応による共同作業でひとつづつ作り上げられたものと言えるでしょう。
養育者が人間として未熟さがあり、毒のある親であった場合
 一方で、養育者が人として未熟さが伴い不健全な関わりをする親、毒親であった場合、親は子どもであるあなたとの間で親自身が満たされてない欲求を満たすという、親自身ですら気づいていない無意識の目的に影響を受けながら子どもと関わります。
 または親自身が深い心の傷を負っていて、その傷を癒しきれていない場合、自らの育ちについて一貫した語りができないような状態のまま親になった場合、子どもへの関わり方は一貫性を欠くものとなるでしょう*10。加えて、養育者が精神疾患、アルコール依存等で情緒的な応答に欠ける関わりを子どもにし続ける場合も子どもへの影響はこの項目に該当するでしょう。
 
 親が未熟であろうが子どもへの影響力は変わらず、親が発する反応は子どもの中に見事に吸収されます。内在化します。
 親が自分の不安定な気分の起伏を制御する力がないまま、機嫌の悪さを家族の中でぶちまけたとします。声を荒げて罵倒するこの親を前に、子どもは反射的に身を守るために警戒します。先ほどの成熟した親が子どもに教えた「突然飛び出してきた危険な車を前に起こる反応」と同じです。長い年月の間、何度も何度もこれが繰されれば、その警戒時の反応パターンはあなたの脳神経系が記憶しています。加えて、それは「愛情」「しつけ」「教育」「お前のためを思って」「お前のせいだ」等の理由が付され、あなたの中に宿ります。

 
あなたは「この世界は状況が急変する見通しが立たない危険な場所で、常に警戒していなければならない。気を張っていないと生き延びられない」ことを親との間主観を通した経験から五感すべてで学びます。
例えば、赤子だったあなたは自分の欲求を満たすために泣いて親に不安を知らせます。その時、不安定な親は過去の不快な記憶を思い出さないように、あなたの鳴き声を知覚から排除します。適切な応答を受け取れなかった赤子は困惑します。困惑より安定がいいでしょう。養育者に泣いて知らせることを抑えることで、安定を図ります*10。「大切な人にしてほしいことが言えない」大人になってからそんな形で現れても不思議はありません。
時折、親の機嫌がいい時もあるでしょう。先ほどとは打って変わって、あなたに優しい言葉をかけるようなこともあったでしょう。あなたは混乱します。つい先ほどまでの恐怖に満ちた世界はなんだったのか。自分の勘違いだったのではないか。この連続性のない親からの発信を理解しようという試みの結果「自分が悪いことをしたせいだ」という思考に行きつく。ここにはまだ救いがある。自分がちゃんとすればこんな目には合わなくなるという希望と有用感がある*11。こんな経験を重ねて大人になれば、必要のない場面で自責の念が強い特徴を有していても何ら不思議はないでしょう。
 その安堵の時間は束の間、再び親は不安定で理不尽な言動を始めます。そういう一貫性のない場所で育てば、あなたが自分の中に不安定さや混乱を取り込んでいても違和感はないでしょう。
幼少期のあなたに特定の養育者から与えられる反応や応答が、情緒的なものとは程遠く、あなたを落ち着かせることができず、安心感や安全につながるものではなかった場合、青年期になったあなたは恋人や友人という親しい存在の間で親密さを回避するようになるかもしれません。それは、幼少期からの積み重ねにおける学習の結果といえます。養育者との関係性において育つはずの愛着があなたの助けになる、利用可能なものではなかったと低く評価したのでしょう。強いて言えば、あなたはあきらめた。あきらめざるをえなかった。そのあきらめが、あなたに深い孤独や絶望感を与えたとしても不思議はないでしょう*9。
あなたが親に対して、敵意に満ちたマイナスな感情を抱いたとします。特定の養育者にそのような感情を抱くことは子どもにとってストレスです。子どもはそれを無意識で無視し、引き離そうとします。Splitting(分裂・排除)と呼ばれており、防衛過程で起こります*5。これは例えば、この世界は「完璧な人・すべていい人」と「クズ・すべて悪い人」でできているというような極端な二分法で他者を評価する傾向として現れたり、「誰かを完璧だと理想化し、なにかささやかな欠点を見つけたら手のひらを返して。クズだとこき下ろす」「大好きから大嫌いへと極端に変わる他者評価」を繰り返していたり、100 or 0の極端な対人関係の特徴として現れても不思議はありません。
親への怒りや敵意がいまだに根深く残っていることにあなた自身が気づいておらず「親は尊敬すべきものだ」と表面的な言葉以上には親と自分の関係について語れない、消化できていない場合、親への怒りが自分に向くことがあるでしょう。自傷行為希死念慮は怒りが内側・自分に向いて表れた形といえます。
未熟で不健康な親に育ったあなたに伝えたい。子どもだったあなたには成すすべがなかったのです。あなたは悪くない。そこには幼いあなたの意思は介在する余地などなかったことがお分かりいただけたでしょうか。
しかし、酷なことに、どんな親との間に出来上がった反射、反応パターンであろうとも、それはあなたのあらゆる対人関係の基本パターンになります。こうして、親を前に、権威者を前に、愛する者を前に、家族を前にした時のあなたの反応ができあがるのです。

■対世界、対人関係における自分のパターンは、気付きと訓練で変えられる。
 あなたは親との間の特定の場面ややり取りにおいて、自動反射的に出てくる自分の反応にお気づきでしょうか。そして、そのパターンによく似たやり取りが、親以外の誰かとの間でも起こっていることに、気づいていましたか? 親と似ていて自分を痛めつける異性ばかりを選んでしまう、喧嘩し続ける両親に似た婚姻関係を結んでしまう、親のようになりたくないと願っているのに、かつての親と同じことを子どもにしてしまう自分に苦しむ。上述のとおり、近しい人、親しい人との間でこそ、親との間で繰り広げられるパターンを再演してしまいます。
 
そんなパターンを繰り返して生きることにあなたは疲れている。変えたいと思っている。だからこのページにいらしているのだと思います。このページに出会ったということは、今のあなたは、これまでのことに向かい合う準備ができているのではないでしょうか。この先に進んでいくためにはそれが必要だとお感じになっている時期なのではないでしょうか。
その対人関係のパターンは変えられる、上書きできる。これが現代の心理学におけるエビデンスのある(証明のある)見解です*6。
 
ひとりでも、あなたの周りにいませんでしたか?あなたに健やかな関わりをしてくれた人が。あなたを大事に扱ってくれた人が。あなたはきっとその人との間で愛着を育てたのだと思うのです。
そしてわたしはカウンセリングの場で出会うみなさんが、健全な人たちとの継続的な関係構築により、より安全な対人関係のパターンへとゆるやかに変化していくお姿を何度も見守らせていただいています。穏やかに再起される歩みを見守らせていただいているのです。希望の光はあるのです。

 
​■意思をもって、反射的反応に取り組むには、知識と経験が必要
 このテーマに向き合おう、挑もうとしているあなた。それを決めたあなたの意思を応援したいと思います。ですが、わたしたちが取り組むのはあなたの脳神経系からくる反射です。
 反射的に出てしまう行動、パターンは「トラウマ記憶」と共にあなたのなかで凍り付いた記憶として眠っていることでしょう。かつてそのつらい体験をした時、あまりにつらすぎて、その感情が受け止めきれず、記憶処理が適切に完了しきれず、身体感覚を司る領域に凍った記憶として身体感覚ともども閉じ込められてしまったものです。このしくみも、ある意味ではあなたを守るための脳神経系の作用といえるでしょう。
 トラウマ記憶は、正常な記憶処理がされていませんから、時がたっても色あせることがありません。また、あなたの意志で思い出したい時に思い出す、思い出すことをやめるというように、あなたの意志で扱うことができない記憶です。けれどもあなたの意思とは関係なく、突然に日常にフラッシュバックし現れるという厄介なものです。昔のことが今ここでまた起こっているような臨場感のある錯覚を伴う再体験と呼ばれる症状があなたを苦しめます。
こういった繰り返される反射的行動を理解するには、PTSD (心的外傷後ストレス障害・トラウマ)の諸症状にどのように対応し、アプローチするかを知っている必要があるでしょう。PTSD領域のケースを多数経験をしてきたセラピストはそう多くありません。適切なセラピストを見つけて、取り組む必要があるでしょう。
 あなたが他者との間にバウンダリーを形成し、長きにわたって身に付けた反射のパターンに気付き、意思をもって自分の言動を選択していける自分を育てていくには、じっくりと自分の状態とそこで起こっていることを観察する力をつけることから始まります。「今・ここ」にしっかりとグラウンディングして、安心・安全な状態にいつでも戻ってこられるようなワークから始めます。
心に傷を負っている人は、不快な感覚に圧倒されることを恐れ、自分の身体感覚を味わうことを避けていることが多いため、最初は落ち着かない気持ちになったり違和感を覚えることでしょう。だんだんと回数を重ねていくことで、変わりゆく身体感覚を丁寧に味わうこと、内観することを通して、自分の体の芯から安心・安全につながり、その感覚を拡大する力が育てっていきます。
その身体感覚は、あなたの反射的な反応が出る予兆を見つけ出し、反射が出る直前の微細な変化を見逃さず、そのすばしっこいしっぽを掴む。その土台となります。

あなたがその瞬間を掴める時、あなたはあなたの心身、全部を使っていることでしょう。呼吸や身体感覚を鋭敏に感じているはずです。それは、自動反射に乗っ取られてない、目覚めた状態と言えます。あなたの気づきは拡大し、いつものパターンにはまらずにとどまること。目覚めている状態の時間がだんだんと長くなるでしょう。
■目指す状態:自分と親の間にバウンダリーを引くこと=脳神経系の反射の次元で親から独立すること
■どのようにカウンセリングを進めていくのか:
身体感覚を司る領域に凍って閉じ込められているトラウマ記憶。その凍った記憶にアプローチするには、言葉を用いて言葉を扱う脳神経系の領域だけでのカウンセリングではたどり着くのは難しいでしょう。色、形、イメージ、におい、触覚、身体感覚、筋反応、呼吸など五感をフル活用したカウンセリングを行うことになるでしょう。
思考と身体感覚の相互作用を活用しながら進んでいくプロセスは、あなた自身を統合していくような作業になるでしょう。それは、あなたにとってはあなた自身を知っていくプロセスであり、自分を制御する能力を取り戻すプロセスとなるでしょう。
■どんなアプローチの方法・ワークがあるか:
わたしのなかに、おびえている小さな子どもがいる。そんなふうに感じている方はいるでしょうか。
暮らしの中で何かしたいことがあるのに、強い罪悪感や自信のなさ、自己否定する考えがいつもあなたを邪魔する。そんなことが繰り返し起こっているならば、あなたの中にいる小さなおびえた子どもが「それは悪いこと、いけないこと、あぶないこと」だと今も深く信じ切っていておびえているのかもしれません。
その存在はインナーチャイルドと呼ばれることもあります。聞き覚えはありますか?あなたの奥深くへと一緒に降りていって、その子に会い、お話を聞き、その子を安心させてあげる。インナーチャイルドケアのワークは、今のあなたの暮らしの変化へとつながっていくことでしょう。
または記憶があいまいな部分がある。そう感じることはありますか?人は自分の中に引き受け、取り込むことができないくらいのつらい感情が伴う体験をした時に、解離という方法で記憶をあなたの意識から切り離し、心を守ることがあります。
もしかしたら、あなたの中にはそのつらい記憶をひとり引き受けて抱え込む存在がいて、他の部分を守ろうとしているのかもしれません。たとえば養育者は予想もつかない形で突然に態度を変える、七変化するとしたら。それに対処するためにいくつものあなた、いくつもの部分(パーツ)をあなたに内在させて生き延びてきたとしてもなんの不思議もないでしょう。そんなあなたの一部が存在しているのかもしれません。そんな場合は、催眠療法に助けを借りながら、あなたの中の奥深くへ降りていって、いろんなあなたに一緒に会いに行き、お話を聞いていくことが必要になるかもしれません*4。
 
このように、いろいろなカウンセリングの進め方があり、わたしはあなたの持ち味、強みを見極めながら、今のあなたの状態とタイミングに合ったやり方を提案しながら、あなたに合う方法を統合的に使っていくことになります。
ひとつの有効な方法として、花と石のワーク(Narrative Exposure Therapy (NET) *2 )をご紹介します。
神経系のパターン
NET
NET(花と石のワーク)とはどのようなものか:
ドイツ人Neuner,Schauer,Roth,&Elbert(2002)が開発した心理療法で、証言療法の形式と認知行動的曝露療法の理論に基づいており、思考から行動、感情、体感と幅広い領域に焦点を当てていく療法です。複数の原因によるPTSD症状の緩和に短い期間で対応できる方法として開発されたエビデンスのある療法です。この療法を軸に他の方法も補完的に活用しやすいという良さもあります。
■NET「花と石のワーク」とは:
 特にわたしが親子関係のテーマと相性がいいなと感じている方法は、子ども用に開発されたNET「花と石のワーク」です。上の写真のように、ロープは人生に、花は楽しかった幸せな出来事、石は辛かった出来事に見立てています。その出来事を連想しながら、色々な種類の花と石を選んでいきます。出来事が起きた順番に時系列で置いていきます。
実際にカウンセリングで行う際には、白い紙と色鉛筆を用意し、自分の人生を振り返りながら、その出来事を思い出しながら、花と石を丁寧に描く時間を設けます。どの色を選ぶか、大きさや質感をどう描くかは、この出来事に伴う感情を映し出します。この絵を描くのにかかる時間は人それぞれです。カウンセリングの直前に、安全な場所でこの作業に取り組んでいただきます。
その後は、この絵に沿って1回90分~120分の時間で石と花の出来事について、並んでいる順番に沿って、ひとつづつ、ひとつづつ、想起を進めていきます。言葉、身体感覚、イメージ、使えるものをフルに使って想起し、かつて、その出来事が起こった時には感じ取れなかったものに触れていきます。
かつての記憶に触れていくにつれて、不思議と、石と花の様子に変化が起こってきます。あなたの見え方が変わってくるのです。過去の出来事に対しての感じ方が変わってくるのです。
 
わたしたちは不可逆性の世界に生きています。時間を戻して過去に戻ることはできません。ですが、どうやら記憶は可逆性のようです。記憶の中では戻ることができるのです。あなたの感じ方に変化が起こってきたら、その変化を絵に描き加えていきます。色、形に変化が起こりながら、ワークを進めていきます。その変化は癒しと共に起こって進んでいきます。
■NET「花と石のワーク」の利点をどう活かして進めていくか:
この療法のいい点はいくつかあります。1つ目は、辛かった出来事だけではなく、うれしかった楽しかった出来事についてもしっかり扱う点です。その出来事の記憶を扱うことで、あなたは自分の強みやコーピング(対処スキル)に再びつながることができるように、促していきます。あなたが幼少期から持っていた自分の強みや、自分を支える喜ばしい経験を思い出すことを通して、そのチャネルは強化されるでしょう。過去を思い出すという挑戦において、大きな味方となるでしょう。いずれは、あなたの強みをあなたは意識的に必要な時に活用していけるようになるでしょう。
2点目は、この療法は言葉だけでなく色、形で出来事をお話いただける点です。絵を描くことで、出来事の記憶を色、形、質感、存在感などによって、象徴的にとらえることができます。言葉で語ることがあまりにツライ記憶も、言葉では掴めない感情も、無理のない形で触れることができます。そして目の前に立ち現れ変化していく絵を、隣で共に見つめる聞き手であるわたしと共に起こることを丁寧に扱っていくことができます。
トラウマ記憶は幼少期の辛い経験であることも多く、2歳以前の記憶は言葉で説明できるものばかりではありません。それを体験した頃の幼いあなたと触れ合うためには、色、形、イメージ、におい、触覚、身体感覚、呼吸など、五感をフル活用していくことになります。いまだに傷つき、凍り付き、悲しみの底にいる、あなたの断片に耳を傾けるようなプロセスにも有効でしょう。
花と石のワーク、というひとつのワークをご紹介しました。方法はほかにたくさんあります。
あの日のあの場所にいる家族」を見に行くことで、家族という閉ざされた場所で起こっていたことを目撃するようなワークもできます。

かつて触れてあげることのできなかった経験に伴う感情をあなたがひとつひとつしっかり触れて抱きしめてあげることは、あなた自身を慈しみ尊び敬うことです。それを自分自身にしてあげることで深い深い癒しが起こることでしょう。
あなたの記憶が統合されていき、かつては感じ取れなかった新たな感情や洞察を得るでしょう。
「変えられない過去」そう思っていた過去。それへのあなた自身の感じ方や解釈に変化が起こるでしょう。
たくさんの涙と共に、感情は流れ流れて、あなたの心はみずみずしさを取り戻すでしょう。
​​
あなたは何に支えられてその出来事を超えたのか。どんな風に自分を守ってきたのか。改めて語り直す中で、自己否定的な認知は自己肯定的な認知へと転換され、辛い経験を超えて力強く生きるサバイバーとしての新たなストーリーがあなたの人生の一部として取り込まれることでしょう。あなたは自分のここまでの歩みを褒めてあげることができるようになるでしょう。
日常生活では、前よりもずっと自分を大切にできるようになり、心の声がよく聴こえるようになることでしょう。あなたの深いところがあなた自身を信頼し始めているのを感じるでしょう。あなたの奥深くがキラキラと喜んでいるのが聞こえる。すでにあなたはあなたそのものを生きる歩みが始まっていることでしょう。
一緒に、丁寧に、大切に、進んでいきましょう。あなたの尊い生命力への敬意と共に。
ご縁に感謝しつつ。
今日は選択日和 いのうえ
参考:
*1: S.W Porges(1995)
*2: Neuner,Schauer,Roth,&Elbert(2002)
<http://www.vivo.org/en/narrative-expositionstherapie/ >
*3:Lahad(2013)
*4: Watkins & Watkins(1997)
*4: Erickson,Milton H by O'Hanlon & Haley, Jay & Zeig
*5: Melamie Klein(1946)
*6: Toth, S. L., & Cicchetti, D. (1996)
*7: Feeney & Collins(2004)
*8: Ainsworth (1967, 1991)
*8: 山口(2009)
*9: Bowlby(1973, 1980, 1982)
*9: Morris(1981)
*10: Grossman et al.(1988, 1991)
*10: Crihenden.(1981)
*10: Radke-Yarrow.(1985.1991.1995)
*10: Main et al(1984.1985.1990)
*11: Herman(1994)

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