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神経系の学習のしくみ。花と石のワーク

■神経系は学習する。特定他者・親子の間のパターンを取り込む。
ここからは少し難しくなりますが、反射の仕組み、つまりは、脳神経系の仕組みについてお話したいと思います。
 生まれた時、赤ん坊のわたしたちは身体構造、感覚器官ともに未熟な状態で誕生します。それを「生理的早産」といいます。それは他のどの高等哺乳類よりも未完全な状態であり、養育者に100%依存しないと生き延びることができない状態で誕生します。それはわたしたち人間の特徴です。
 
 そんな状態でこの世界に産み落とされた赤ん坊にとって、特定の養育者(たいていは親)の存在がどれだけ絶対的な存在であるのか、想像してみてください。あなたの生死を握っている特別な存在なのです。そして誰もが養育者に育てられ、自分と親の間での間主観・相互主観、相互反応の中で、この世界を認識していくプロセスを経て育っていきます。
ここで、親が子どもにどれだけの影響力を持つのかを想像するために、2種類の親を例にあげてみます。
■養育者が健全であり、成熟している場合
 健やかな心を持った、成熟している大人が親になった場合、親は子どもの言動を前に子どもの好奇心を励ますような反応を与え続けます。その子らしい個性を喜び、伸ばそうと子どもに関わります。子どもは見守られ、くつろいだ中で安心して育ちます。「世界は安全だし、人は自分を喜んで受け入れてくれる」という世界観を、親との間主観を通した経験から五感すべてで学びます。
 時に、親は子に厳しく教え、しつけをすることがあります。例えば、道をよちよち歩くあなたが好奇心に任せて車に近づいていく時、親は「危ない!」と緊迫した声を出し、いつもとは違う荒々しい力強さであなたの体を車から引き離そうとするでしょう。車に近寄ることは危険であると真剣な強い口調で教え、親はあなたに何かを禁じ、または強いるでしょう。親が全身で危険を知らせる発信(表情、声色、身体の動き、言葉、話す内容 等)を、あなたは五感のすべてで受け取ります。実際に自分自身が体感した、目の前を通り過ぎた車のスピード、大きさに足が震えて、怯えた感覚と共に、あなたは全身で車は警戒すべきものであることを学習するのです。その結果、車が突然近づいてきたら、パッと身をかわす反射的な動きにつながっていきます。
 あなたが今、世の中を生きる時、あなたが用いている世界観は、こうやってあなたと親の相互反応による共同作業でひとつづつ作り上げられたものです。
養育者が人間として未熟で不健全な毒のある親であった場合
 一方で、養育者が人間として未熟で不健全な毒のある親であった場合、親は子どもであるあなたとの間主観において、親自身が満たされてない欲求を満たすという、親自身ですら気づいていない無意識の目的に影響を受けながら子どもと関わります。当然ながら、親が未熟であろうと成熟してようと、子どもにとっては同じく絶対的な存在である親が発する反応は、子どもの中に見事に吸収されます。
 自分の状態に気付いておらず、意識的に言動を選択できない未熟な親が、家庭の中で自分の機嫌の悪さをぶちまけたとします。声を荒げて、子どもに罵倒するこの親を前に、子どもは反射的に身を守るために警戒します。先ほどの成熟した親が子どもに教えた「突然飛び出してきた危険な車を前に起こる反応」と同じです。長い年月の間、何度も何度もこれが繰されれば、その警戒時の反応パターンはあなたの脳神経系が記憶しています。加えて、それは「愛情」「しつけ」「教育」「お前のためを思って」「お前のせいだ」等の理由が付され、あなたの中に宿ります。
時折、親の機嫌がいい時もあるでしょう。あなたに優しい言葉をかけることもあったでしょう。あなたは混乱します。さきほどまでの理不尽な世界は、自分の勘違いだったのではないか。自分が悪いことをしたからせいだったのではないか。と。そんな安堵は束の間、また未熟な親は機嫌に任せて理不尽な言動を始めます。
 あなたは「この世界は危険で、常に警戒していなければならない、自分のありのままで生き延びられるような場所ではない」ことを親との間主観を通した経験から五感すべてで学びます。
未熟な親に育ったあなたに伝えたい。子どものあなたには、他に成すすべがなかったのです。あなたは悪くない。そこにあなたの意思は介在しようがなかったのです。しかし、酷なことに、どんな親との間に出来上がった反射、反応パターンであろうとも、それはあなたのあらゆる対人関係の基本パターンになります。こうして、親を前にしたあなたの反応、権威者を前にした、愛する者を前にした、家族を前にしたあなたの反応ができあがるのです。
■対世界、対人関係における自分のパターンは、気付きと訓練で変えられる。
 あなたは親の特定の言動に対して、自動反射的に出てくる自分の反応にお気づきでしょうか。では、その親との関係にとてもよく似たパターンが、親以外の誰かとの間でも起こっていることに、気づいていましたか? 親と似ていて自分を痛めつける異性ばかりを選んでしまう、喧嘩し続ける両親に似た婚姻関係を結んでしまう、親のようになりたくないと願っているのに、かつての親と同じことを子どもにしてしまう自分に苦しむ。そんなパターンを繰り返して生きることにあなたは疲れている。変えたいと思っている。だからここにいらしているのだと思います。このページに出会ったということは、挑む準備ができているのだと思います。
そして、その対人関係のパターンは大人になってから変えられる、上書きできる。これが現代の発達心理学におけるエビデンスのある(証明のある)見解です(*1)。健全な人との継続的な関係構築により、より安全な対人関係のパターンへと変化していけるのです。希望の光はあるのです。
​■意思をもって、反射的反応に取り組むには、知識と経験が必要
 このテーマに向き合おう、挑もうとしているあなた。それを決めたあなたの意思。わたしは意思をもって応援したい。ですが、わたしたちが取り組むのはあなたの脳神経系からくる反射です。
 反射的に出てしまう行動、パターンは「トラウマ記憶」と呼ばれ、脳神経系の仕組みを理解している必要があります。繰り返される反射的行動を理解するには、PTSD(心的外傷後ストレス障害・トラウマ)の諸症状に対応するスキルが必要となります。脳神経系の反射に対して、どうアプローチしていくのかを知っている必要があるのです。PTSD領域のケースを多数経験をしているセラピストは多くありません。適切なセラピストを見つけ、挑む必要があります。
 あなたが他者との間にバウンダリーを形成し、長きにわたって身に付けた反射のパターンに気付き、意思をもって自分の言動を選択していける自分を育てていくには、じっくりと自分の状態とそこで起こっていることを観察することから始まります。あなたの反射的な反応が出る予兆を見つけ出し、反射が出る直前の微細な変化を見逃さず、そのすばしっこいしっぽを掴む

あなたがその瞬間を掴める時、あなたはあなたの心身、全部を使っていることでしょう。呼吸や身体感覚を鋭敏に感じているはずです。それは、自動反射に乗っ取られてない、目覚めた状態と言えます。あなたの気づきは拡大し、いつものパターンにはまらずに、自分で選択できる状態の時間がだんだんと長くなるでしょう。
■目指す状態:自分と親の間にバウンダリーを引くこと=脳神経系の反射の次元で親から独立すること
■どのようにカウンセリングを進めていくのか:
 トラウマ記憶とは、その体験に伴う感情を受け止めきれない時、記憶処理が適切に完了しきれず、あなたの意思とは関係なく、反射的に出てきてしまったり、突然に昔のことがまた起こっているような錯覚があなたを苦します。そのトラウマ記憶は身体感覚を司る領域に凍って閉じ込められており、その凍った記憶にアプローチするには、言葉を用いて言葉を扱う脳神経系の領域だけでのカウンセリングではたどり着けません。色、形、イメージ、におい、触覚、身体感覚、呼吸など、五感をフル活用したカウンセリングを行う必要があります。
 いろいろなカウンセリングの進め方があり、今のあなたの状態とタイミングに合ったものを一緒に選んでいくことになります。
ひとつの有効な方法として、花と石のワーク(Narrative Exposure Therapy (NET) *2 )をご紹介します。
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NET(花と石のワーク)とはどのようなものか:
ドイツ人Neuner,Schauer,Roth,&Elbert(2002)が開発した心理療法で、証言療法の形式と認知行動的曝露療法の理論に基づいており、思考から行動へとアプローチしていきますが、その領域にとどまらず、感情、体感に焦点を当てていく療法です。複数の原因によるPTSD症状の緩和に対応できる短期介入法として開発されました。
世界各国で起こった天災や人災の際に、開発者とその仲間たちが現地入りし、この療法を用いてケアを行った効果が多数発表されている、エビデンスのある心理療法です。
 統合的心理療法(複数の心理療法でカウンセリングを進めるスタイル)が自分のスタイルであるわたしにとって、NETは軸にしやすい理論であり、他の療法による効果的な補強も可能な有用な心理療法だと考えています。​理論に関する詳細のお話は、カウンセリングの中で必要に応じて、またはご要望があればお伝えしていきます。
 
■NET「花と石のワーク」とは:
 特にわたしが「毒親からの不適切な養育を受け続けたあなた」が抱えるテーマと相性がいいと感じて使っている方法は、子ども用に開発された「花と石のワーク」です。
 上の写真のようにロープを人生に見立てて、花は楽しかった幸せな出来事、石は辛かった出来事を示し、色々な種類の花と石を出来事が起きた順番に時系列で置いていきます。セラピーでは出来事が起こった順番の通りに扱っていきます。
 花と石というどこにでもある自然物さえあれば行うことができます。わたしが実際に行う時には、白い紙と色鉛筆を用意し、自分の人生を振り返りながら、描く時間を設けます。この絵を仕上げるのにかかる時間は人それぞれですが、少なくとも数時間はかかります。カウンセリングの直前に、安全な場所でこの作業に取り組んでいただきます。
 その後は、この絵に沿って、1回90分~120分のセラピーの時間で、石と花の出来事について、ひとつづつ、ひとつづつ、想起していきます。言葉、身体感覚、イメージ、使えるものをフルに使って想起し、その時感じ取れなかったものに触れていきます。
■NET「花と石のワーク」の利点とそれをどう活かして進めていくか:
 この療法のいい点はいくつかありますが、ひとつ目は、辛かった出来事だけではなく、うれしかった楽しかった出来事についてもしっかり扱う点です。その出来事の記憶を扱うことで、あなたは自分の強みやコーピング(対処スキル)に再びつながることができるように、促していきます。あなたが幼少期から用いていた自分の強み、自分を支える喜ばしい経験を思い出すことを通して、そのチャネルは強化されます。この挑戦における大きな味方となるでしょう。あなたの強みを意識的に必要な時に活用していけるようになります。
 2点目は、この療法は言葉で語るだけでなく、絵を描く作業があることです。出来事の記憶を色、形、質感、存在感などで象徴的にとらえることができ、言葉では掴めないものにも触れることができ、聞き手であるわたしとシェアすることもできます。
トラウマ記憶に多い、幼少期の辛い経験は言葉で説明できるものばかりではありません。その記憶処理しきれずに、凍ったまま記憶にアプローチするには、言葉だけでは十分ではありません。
色、形、イメージ、におい、触覚、身体感覚、呼吸など、五感をフル活用して、かつての体験を想起していきながら、恐怖や悲しみを臨場感と共に再体験する中で、あなたの断片的な記憶が統合されていき、かつては感じ取れなかった新たな感情や洞察を得ます。あなたは何に支えられてその出来事を超えたのか。どんな風に自分を守ってきたのか。それらに気づき、改めて語り直す中で、自己否定的な認知は自己肯定的な認知へと転換され、辛い経験を超えて力強く生きるサバイバーとしての新たなストーリーがあなたの人生の一部として取り込まれていきます。
「変えられない過去」そう思っていた過去に対する、あなた自身の感じ方や解釈に変化が起こるでしょう。
 これは簡単な道のりではありませんが、あなたにとって花も石も含めたここまでの歩みの中で、かつて触れてあげることのできなかった経験に伴う感情をあなたがひとつひとつしっかり触れて抱きしめてあげることは、あなた自身を慈しみ尊び敬うことです。そのプロセスを通して、あなたは自分の歩みを認めてあげることができるようになるでしょう。たくさんの涙と共に、あなたの心はみずみずしさを取り戻すでしょう。
日常生活では、自分をもっと大切にできるようになり、自分の心の声を聴けるようになる。あなたの深いところがあなた自身を信頼し始めるでしょう。あなたの奥深くをキラキラと喜ばせることができるでしょう。
一緒に、丁寧に、大切に、進んでいきましょう。その歩みの中で得られるいくつもの喜びと共に。
ご縁に感謝しつつ。
今日は選択日和 井上智香子
参考:
*1: S.W Porges(1995)
*2: Neuner,Schauer,Roth,&Elbert(2002)
<http://www.vivo.org/en/narrative-expositionstherapie/ >
*3:Lahad(2013)

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